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2010年 08月 03日
初めて屋久島に上陸した時、その足で港にあるお土産屋さんに入った。
一人で何の準備もしないで、何も調べずに屋久島に入ってしまったから。 私は一冊の真っ白い詩集を買った。『祈り』と版押しされただけのタイトル。 詩人の名前は「山尾三省」。聞いたことだけはある、名前だった。 別に「ナナオサカキ」という詩を朗読される方にもあったことがあって、私のなかでは、同じ詩を読む人として、その2人の名前の音がごっちゃにさえなっていた。 けれど、私にとっての屋久島はその詩集とともにはじまり、先に入っていた友達が屋久島の縦走から降りてくるまで、私はその詩集をむさぼり読むことになった。 そして、上がらない雨の中屋久島を歩き始めた、私の呼吸にも、歩きにも、そしてシャッターにも彼の聞いたことのない声での朗読がともにある感じだった。 謙虚で美しい、ことばたち。 そのあとを着いて歩いていかせてもらうには、充分すぎるガイドだった。 8月28日は山尾三省さんの命日。そんなおおきな日に何かさせていただきたいと小さな私が考えていたところ、先輩たちが素敵な企画をつくってくれました。 私も、なぜ、山尾三省さんが山尾三省さんであったのか、ぜひ、師に出合いにいきたいと思っています。みなさまも、ぜひ、貴重な映像を見にいらしてください。 瑳山ゆり 『スワノセ・第四世界』 製作=「スワノセ・第四世界」製作上映委員会 1976.06.25 75分 カラー 16ミリ 監督:上野圭一 『スワノセ・第四世界』とは、1976年につくられた諏訪之瀬島が舞台のドキュメンタリー映像。 16mmで撮影されたこの映画は、現存するフィルムが少ないために、滅多に見ることができない貴重な作品なのだそう。 かつて諏訪之瀬島は、19世紀に活火山が大噴火をしたため、約70年間もの間、無人島となっていました。その後、奄美からの開拓団が入植し、続いて60年代には、都会の暮らしを離れて諏訪之瀬島に移り込む人々が増えていきました。 折しも諏訪之瀬島は、ヤマハがリゾート開発に着手した頃で、自然と調和した暮らしを求める人々は、その開発に反対運動をおこし、結果、開発は途中で立ち消えになりました。 当時の諏訪之瀬島には、ビートニクス(アメリカの文学ムーヴメント)に影響された詩人や思想家が多く集まっており、故山尾三省さん、ナナオ・サカキさんもその一人。映画の中では、アレン・ギンズバーグやゲイリー・スナイダーといった20世紀を代表する詩人達も登場し、諏訪之瀬島の危機を訴えているそうです。 この「第四世界」という名称の由来に絡めて、ナナオさんは以下のように話しています。 当時は今ほど「エコロジー」という言葉がまだ一般化されていなかったけれど、今、私達が直面している問題とまったく変わらない問題に、彼らも一生懸命立ち向かっていたことが見て取れます。 「この地球には、まず日本やアメリカなどの帝国主義国家(資本主義国家)がある。これを1としよう。2番目にはソ連や中国などの共産主義国家がある。そして3番目にアジアやアフリカ、南アメリカなどの1や2に近づこうとしている国々がある。しかし地球 には、まだこの1,2,3のどれにも属していない4番目の勢力(人々)がいる。それは、第3世界のように1や2に近づこうとは決して思っていない種類の人間たちだ。それを代表するのは、例えばブッシュマンやアメリカインディアン、ニューギニア人や中南米のインディオたち。バンヤン。そして日本にもアメリカにも少数だが確かにいる人たちだ。これはつまり、ぼくらのことだ。 1も2も3の世界もともに自分自身の目先の利益、物にとらわれきってしまっており、そのためには全人類のものであるはずの地球を汚し破壊することも平気でやっている今、ぼくら、第4世界の人間たちは、全世界の問題を引き受けなければならなくなってきた。 ぼくらはそれらの問題から逃げるべきではない。それがぼくらのやるべき仕事なんだ。そこにおいて利益は問題ではない。問題なのは地球への、そして一人一人の人間への愛(LOVE)であり尊敬なんだ。火山や黒潮が大切なのも、それが地球の代表だからだ。 ゲイリーが“スワノセは国宝ではなく地球宝にするべきだ”と言ったが、そういう視点が必要だ。“ スワノセを企業の暴力から護ろう!”というのは地域エゴからいうのではなく、地球全体が大事だからやるということだ。」 (「名前のない新聞」1974年夏の号外より) < 前のページ次のページ >
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